業務用ラーメンスープとタレ、ラーメン関連食材の販売/ラーメン店の人材教育・オペレーション指導/ラーメン店の独立・開業サポート・コンサルティング/店舗経営マネジメント指導/ラーメン店(麺や福十八)の経営
HOME > クックピットラーメンヒストリー

クックピットラーメンヒストリー

>>クックピットの信念を詳しく見る

西麻布のラーメンとの出会い

私は飲食業界に44年おりますが、その半分以上の28年間、ラーメンに携わってきました。そのきっかけになったのは、西麻布のある博多ラーメン店です。一度は店の前を通り過ぎたのですが、どうしても気になり、引き返して並んで食べました。

実に感動しました。私は和食の板前の丁稚としてこの世界に入り、7年間の住込みを含め足掛け10年間料理人の端くれとして修行をしてきましたので、美味しいものを何度も食べましたが、感動をしたことはそう多くはありませんでした。

一杯600円のそのラーメンは、スープが三層に分かれていてミルクのような甘い香りがし、博多独特の獣臭が全くと言っていいほどないものでした。一見ギトギトの脂に見えましたが、実は上質なコラーゲンであった層があり、その次に細かい肉片が浮く層があり、そして最後に見た目とは全く違い、飲み口すっきりで尚且つ濃厚な良質のスープの層がありました。「これは冷凍原料ではなく生原料を使っているな!」ということまでしか分からなく、どうしても作り方を知りたくなり、翌日求人もしていないその店の店主に雇って欲しいと、いきなりお願いをしに行きました。

結果は「何しにきた!味を盗みにきたのか」と言われ門前払いでした。私は諦めきれず翌日また店に行き、再度懇願しましたが結果は同じでした。それでもめげず、日を改めてお願いをしに行ったところ、店主が根負けをしたのか、「時給800円で洗い場ならやらせてやる」と言っていただき、私は平成4年12月4日からラーメンの世界に入ることになりました。

 

野望

実は、会社を辞めラーメン屋でアルバイトをしていることを、半年間家族には内緒にしていました。今では笑い話ですが、当時はかなり(精神的にも金銭的にも)辛かったです。私は日本料理の板場の徒弟制度で修行を積んだので体力だけは自信があり、長い時間働くことは苦になりませんでした。また、シーフードディナーレストランでスーパーバイザー暦5年を含め8年近く勤務していたので、オペレーションのスペシャリストとしても負ける気がしなかったのですが、唯一負けたことがありました。

それはスピードでした。たった12坪の小さな店でしたが月商1000万円以上の売上がありました。平日のランチタイムの客数は250名。驚くほどの回転率で、2ヶ月間は全く目が開いていない状態でした。年が明け平成5年の2月中旬過ぎに目が開いたと言いますか、店の空気を感じることができるようになり、作業中の手を止め、顔を上げて客席を見る余裕ができました。するとそこにはなんと芸能人とちょっとリッチな遊び上手そうなお父さんしかいませんでした。

西麻布という場所柄なのでしょう。しかし「私が感動したこの味は、家で留守番をしている奥さんと子供たちは知らずして一生を終わるのか?」と思った瞬間、私はいてもたってもいられなくなり店主に多店舗展開をしたいとの申し入れをしました。

味はラーメン店のおやじさん、店舗運営は私、あとはファイナンス的な役割をしていただける企業。この三本の矢の構想で平成5年3月から動き出し、翌年平成 6年2月4日に会社を設立することが出来ました。その年の5月30日に「全ての道は日本橋につながる」ということで、日本橋に1号店を出店してから12年間、無我夢中で18店舗の出店をしてきました。その間沢山の失敗をしながらも、多くの人に支えられてきました。そのような中に多くの気づきがあり、多くの学びがありました。それが今の私のノウハウになっています。

 

社長ちょっとよろしいですか

この、ラーメンで独立し18店舗出店したノウハウが、「ラーメンで独立したい」という方々の独立開業支援の基本になっているのです。

そのノウハウのひとつがスープです。当時、西麻布の店でも生原料が手に入らなくなりつつあり、また多店舗展開をするには量的にも町場の肉屋では限界がありました。というのは西麻布の小さな店でも一日100キロ、一ヶ月に3トンの原料を使用していました。尚且つ100キロの豚一頭から8キロの原料しか取れない、要するに一ヶ月に375頭の豚が必要だということを初めて知りました。しかも濃厚な良質のスープを仕込むのには8時間もかかるのです。11時の開店で22時の閉店にしても11時間の営業時間、どんなに小さな店でも片付けに1時間かかりますので、仕込み時間と合わせると何と20時間になってしまいます。

社長ちょっとよろしいですか

一日24時間しかない中で自分の時間が取れない、いや睡眠時間さえままならない。この道で成功したいと思っている人達も最初の段階では従業員は雇えないはずです。となるとラーメン屋といえども成功するのは至難の技になる、成功したとしても一店舗止まりになってしまう。このようなことを考えると、「店で炊き上げたものと同じ、本物のスープを濃縮せずにストレートで運びたい」、「そして厨房の簡素化をし誰が調理をしても同じものをコンスタントに提供したい」、「だからハイタッチなおもてなしが出来る店作りが可能になるはず」、との思いが高まり、スープの製造に取り組みました。実はそれが簡単なことではなく、3年間失敗し続け会社自体の存続も危なくなったこともありました。そのような中、大手二社の思いがけない協力がありました。

私たちは一回一回の試作にテーマを持つことで多くの問題をクリアーしてきました。まず釜の設計、製造から入りました。今までのプラントの理論ではなく、新しい理論のための議論をしました。プラントのプロフェショナル、調理のプロフェショナル、獣医なども交え、動物学、生態学など遺伝子レベル、分子レベルまでの議論を重ねることで、加圧釜でなく常圧5トン釜の製造に成功し、パテント申請もしました。

どんな料理人でも美味しい料理を作る秘訣はと聞かれれば、間違いなく、原料の鮮度と答えるはずですので、釜を屠場の隣、敷地内に造るという考えをもちました。要するに「死にたてピチピチ」の原料を調達するということです。私たちはスープの最大のテーマを「甘味」にしました。同じたんぱく質でも、アミノ酸ではなく、ペプタイドを追いかけたのです。どのようなことかと言いますと、鯵の開きではなく鯵のタタキ、要するに「旨味」ではなく「甘味」なのです。原料の鮮度が良くなければ甘いスープはとれません。ですから、これが誰にでも出来ることではない「差別化」なのです。無添加の甘いスープさえあれば、日本には醤油や味噌、魚醤などの発酵調味料がありますので、これをぶつけることでバッファー効果があり人間のDNAが「クセになる」ということなのです。
私たちは「お客様をどうやって店に呼ぶか」ではなく「もう一度来てもらうために何をすべきか」だと考えます。まずは飲食業として当たり前の「安心・安全・そして美味しい」、要するに本物の提供だと考えます。

「食」という字は「人」に「良」と書きます。私たちのスープは砂漠に水を撒くように身体にスーッと入っていきます。二日酔いの朝に飲むと調子が良くなります。そのようなものを提供することが食育にもつながるのではと考えます。私たちが10年以上かけて作り上げてきた執念のストレートスープを、原料の鮮度にこだわった無添加で身体に優しい本物のスープを、お客様にご提供するために、ご指名していただければと心よりお願い申し上げます。またお知り合いで、このような考えにご賛同していただける経営者の方がいらっしゃいましたら、是非ご紹介していただきたく重ねてお願い申し上げます。



Copyright© 2016 cookpit.All rights reserved.